さっきコンビニに行ったら、また不快な気分にさせられた。あれはさすがにやりすぎだろう……。
内容はいつもの通りなので省略します。そして、なぜ自分はコンビニにここまで腹を立てるのかを考えて出た結論。それは「確認がウザったいから」ではないか。
「よろしかったでしょうか」や「させていただきます」や「~のほう」などの不自然な敬語は置いておきましょう。もともと、そこに怒ってるわけではないから関係ないです。それよりも、僕のイライラの原因は、「~してもよろしいでしょうか?」といちいち確認される点に尽きます。
「温める際に袋の端を開けてもよろしいでしょうか?」や「袋は温かいものと冷たいものを一緒にしてもよろしいでしょうか?」や「おしぼりは入れてもよろしいでしょうか?」や「お釣りが細かくなってもよろしいでしょうか?」などなど、そのつど「はい、いいえ」の返答をしなきゃいけないのが嫌なんです。そんなの、勝手にすればいいじゃないかっ……!
いや、これ、マジで思いませんか。「お釣りが細かくなってもよろしいでしょうか?」と聞かれて、「いやそれは困ります」って返答したところで、お釣りが細かいのしかなくてそう言ってるんだから、どうしようもないじゃないですか。この質問自体が無意味ですよね。「お釣りが細かくなりますが……」って断りながら渡せばいいだけじゃん。そうしてくれれば、はいもいいえも返答しなくていいからスムーズだと思うんだけども。
うーん。「よろしいでしょうか?」としつこく確認される行為を、ここまでウザったく感じるのは自分だけなんだろうか。
数少ない女性読者に質問です。男性とホテルへ行ったとして、「部屋はここでいい?」や「お茶を飲んでもいい?」や「服を脱いでもいい?」や「シャワーを浴びてもいい?」や「電気を消してもいい?」など、いちいち言葉にして確認してくる男性をどう思いますか。極端な例ですが、コンビニにおける自分の心境はそれに近いものがある。これで伝わるでしょうか。
憶測してみると、「温める際に袋の端を開けてもよろしいでしょうか?」って先に断っておかないと、後からギャーギャー騒ぐ客がいるかもしれないといった観点もあるのかな。そう考えると、コンビニに同情できるというか、もとはと言えば、そういったクレーマーが元凶なのかもしれません。
企業はサービスという価値を提供し、客はその対価にお金を支払う、いわば「等価交換」のはずなのに、なぜか「お客様は神様です」というフレーズが一人歩きしてる社会には違和感を抱かずにいられません。だから、客側になると態度が尊大になる人ってよくいるけど、僕はそんな人が大嫌いだ。って、話がそれました。こんなマジトークしても話はふくらまないですね。
とにかく、ことごとく確認されるのはウザさの極みなんです。コンビニも銀行のATMみたいに自動化すればいいのに。欲しい商品のボタンを押して買い物をする機械です。ただそうなると、機械音声で「ヨロシイデショウカ?」と同じことを聞かれそうな気もしますが……。それにイラついて「はい」ボタンを連射してる自分が見えます。想像するだけで笑える、いや、ウザい……。
このウザったいやり取りを回避するため、自分で先に言ってしまう手もあるかも。惣菜パンと冷たいコーヒーを買う場合、レジの前に立って「すみません、ポイントカードは持ってません。パンは温めお願いします。袋の端は空けていいですよ。で、おしぼりはいりません。あっ、袋は一緒に入れてもらってもいいですので……」と一気にまくし立ててから、おもむろにパンとコーヒーを差し出す。って、やっぱり難しいか。あぁ~、僕はいったいどうすればよいのでありましょうか。「そんなに嫌なら、コンビニへ行かなきゃいいじゃん」ですかね、やっぱ。
今風に言えば「コンビニハラスメント」であり、店員さんにその気がなくても、客が不快に感じるんだから立派なハラスメントである。と、セクハラの理不尽な定義「女性が不快ならセクハラ」を当てはめてもいいかも。略して「コンハラ」ですかね。セクハラ理論を適用して、「何なの、あの店員! 私がムカつくんだからこれはコンハラだわ! きぃ~っ」でしょうか。
しかし、これだけ「○○ハラ」という言葉が増えてきた昨今、「○○ハラ」って名前の人はびくびくしてるのでは。そのうち自分の名前とかぶるのではないかと、ちょっとだけ懸念している今日このごろ……。
あっ、確認なのですが、「そのうち自分の名前とかぶるのではないかと、ちょっとだけ懸念」してもよろしいでしょうか?